塾を事業譲渡・M&Aするとき「賃借権の譲渡」はどうなる?貸主の承諾と名義書換料の実務
個人塾やFC塾を第三者に譲渡する、あるいは複数教室を運営する法人が事業譲渡・M&Aで教室ごと譲り渡す――近年、後継者不在や事業拡大戦略の一環として、学習塾の事業承継・M&Aは珍しくなくなってきました。その際に見落とされがちなのが「テナント契約(賃借権)はどうなるのか」という論点です。物件や什器は引き継げても、賃貸借契約は貸主・借主間の個人的信頼関係を前提とした契約であり、借主を勝手に入れ替えることは原則として認められていません。この記事では、塾の事業譲渡・M&A時に賃借権をどう扱うべきか、実務上の流れと注意点を整理します。
なぜこの論点が重要なのか
民法612条は、賃借人が賃貸人の承諾を得なければ、賃借権を譲渡し、または賃借物を転貸することができないと定めています。承諾を得ずに賃借権を第三者(譲渡先の新しい経営者や買収法人)に譲渡してしまうと、貸主は契約を解除できるとされており(同条2項)、最悪の場合、事業譲渡が成立した直後にテナントを明け渡さなければならない事態も起こり得ます。塾のM&Aでは「生徒・講師・什器・カリキュラム」の引き継ぎに関心が向きがちですが、契約主体そのものが変わる以上、賃貸借契約の承継は別途、貸主の個別承諾を得る必要がある点を、譲渡契約を締結する前の段階で必ず押さえておく必要があります。
失敗事例・成功事例
ある塾長は、後継者への事業譲渡契約を先に締結し、譲渡先への引き継ぎ準備をほぼ終えた段階で貸主に賃借権譲渡の相談をしたところ、貸主から「新しい経営者の信用情報が分からない」と難色を示され、承諾交渉が長引いて開校予定日に間に合わなかった。結果的に、譲渡契約の一部条項を見直さざるを得なくなり、譲渡先との関係にも不要な緊張が生じたという。一方、別のケースでは、譲渡検討の初期段階から貸主・管理会社に相談し、新経営者の事業計画書や資金力を示す資料を早めに提出したことで、名義書換料の金額もスムーズに合意でき、譲渡契約の締結と賃借権譲渡承諾のタイミングをほぼ同時に進めることができた。貸主への相談タイミングの早さが、譲渡全体のスケジュールを左右した事例といえる。
賃借権譲渡の判断基準・チェックリスト
- 契約書に「賃借権の譲渡・転貸禁止」条項があるか、譲渡を認める場合の条件(貸主の書面承諾等)が明記されているか
- 事業譲渡・M&Aの契約(基本合意・最終契約)を締結する前に、貸主・管理会社へ賃借権譲渡の可否を打診しているか
- 新しい経営者(譲渡先)の事業計画・資金力・運営実績など、貸主が承諾判断に必要とする資料を準備できているか
- 「賃借権譲渡」ではなく「新規契約への切り替え(一旦解約し、譲渡先が新たに契約)」を貸主が求めてくる可能性があるか(この場合、敷金・保証金の扱いや契約条件が変わることがある)
- 連帯保証人・保証会社の再設定が必要になるか(譲渡先側で新たに保証人・保証会社の審査を通す必要がある場合が多い)
- 譲渡承諾が得られない場合の代替プラン(物件を変えずに事業のみ譲渡する方法があるか、貸主との交渉が難航した場合の期限をどう区切るか)を事業譲渡契約側の条項に反映させているか
手続きの流れと費用の目安
名義書換料や手続きの実務は貸主・管理会社・地域慣行によって幅があるため、あくまで一般的な目安として参考にしてください。
| 項目 | 目安・考え方 |
|---|---|
| 相談開始のタイミング | 事業譲渡・M&Aの基本合意前後、できるだけ早い段階で貸主・管理会社に打診するのが望ましい |
| 名義書換料(承諾料) | 賃料の1〜2ヶ月分程度が目安とされることが多いが、契約書に定めがない場合は個別交渉になる |
| 審査に要する期間 | 譲渡先の信用情報・事業計画の確認等で、数週間〜1ヶ月程度を見込んでおくと安全 |
| 保証人・保証会社の再設定 | 譲渡先が新たに連帯保証人を立てる、または保証会社の審査を通す必要があるケースが多い |
編集部からのアドバイス
塾の事業譲渡・M&Aは、生徒・保護者・講師への影響が大きいだけに、譲渡契約の中身に意識が集中しがちですが、テナント契約の承継は貸主という「第三者」の意思が関わるため、譲渡当事者だけで完結しません。基本合意の段階で貸主への相談を並行して進め、譲渡先の信用情報をできるだけ早く提示できるよう準備しておくことが、スケジュール遅延を防ぐ最大のポイントです。東武東上線沿線のように、地域に根ざした個人塾・小規模FC教室が多いエリアでは、貸主が地元の資産家や個人オーナーであることも多く、書面のやり取りだけでなく、直接の説明や信頼関係の構築が承諾をスムーズにする場合もあります。
なお、賃借権譲渡の可否や名義書換料の相場、事業譲渡契約との整合性については、物件・貸主ごとに個別の判断が必要です。本記事の内容は一般的な目安であり、実際の手続きにあたっては弁護士・宅地建物取引士・M&A仲介の専門家にご確認ください。
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